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自然な量の公理系では和の交換則が冗長であることについて [数学]

 前回の記事 「ぼくのかんがえたさいきょうの実数論」発表レポート の中で、初めに「いにしえの塩売りが量の概念を数学的にとらえた公理系?」を紹介しました。

20191102ぼくのかんがえたさいきょうの実数論(ブログ用修正).003.jpeg

 このスライドの下の方にひっそりと、
「実は交換則 3) は冗長(他から証明できる)」
と書かれていることにお気づきかと思います。本記事ではそれを証明します。

 前提として、$\langle Q,+,< \rangle$ はスライドに書かれた「(正の)量の空間」の3)を除く各公理をみたす空間とします。この前提から3)を証明するのが目的です。改めて公理として再掲します。

【公理】$\langle Q,+,< \rangle$ は次をみたす空間とする。
 1) $\lnot a < a \land (a=b \lor a < b \lor b < a)$
 2) $a < b \land b < c \to a < c$
 3) (削除)
 4) $(a+b)+c=a+(b+c)$
 5) $a < a+b$
 6) $a < b \to \exists c \, (a+c=b)$
 7) $\exists n \in \mathbb{N}_+ \, (b < na) \quad$ ただし$na$は$a$の$n$個の和(アルキメデス性)

 1), 2) より $Q$ は全順序集合であり、以下の議論では全順序集合の性質は自由に使います。また 4) の結合則から得られる性質も自由に使います。ことわりがなければ変数は全て $Q$ 上のものです。

 まず、$Q$ において消去則が成りたつことを示します。左からの和については簡単に示せます。

【補題1】$Q$ において次が成立する。
 1) $a < b \leftrightarrow c+a < c+b$
 2) $a=b \leftrightarrow c+a=c+b$

(証明)
1) $a < b$ ならば、【公理】6) より $a+d=b$ となる $d$ が存在し、$c+a+d=c+b$ となるから【公理】5) より $c+a < c+b$ である。
 逆に $c+a < c+b \land \lnot a < b$ と仮定すると、$a=b$ のときは $c+a=c+b$ となって矛盾し、$b < a$ のときは $c+b < c+a$ となってやはり矛盾する。
2) $\to$は明らか。逆に $c+a=c+b \land a \neq b$ を仮定すると、$a < b$ のときは 1) より $c+a < c+b$ となって矛盾し、$b < a$ のときも同様に矛盾する。□

 右からの和についての消去則を示すためには、アルキメデス性が必要になります。

【補題2】$Q$ において次が成立する。
 1) $a < b+a$
 2) $a < b \leftrightarrow a+c < b+c$
 3) $a=b \leftrightarrow a+c=b+c$

(証明)
1) $a \ge b+a$ と仮定すると、【補題1】1) より、
\begin{equation*}
a \ge b+a \ge b+b+a \ge b+b+b+a \ge \cdots
\end{equation*}
より、任意の $n \in \mathbb{N}_+$ に対して $a \ge nb+a$ である。【公理】5) より $a > nb$ となるから、これは【公理】7) (アルキメデス性)と矛盾する。従って $a < b+a$ が成立する。
2) $a < b$ ならば、【公理】6) より $a+d=b$ となる $d$ が存在し、1) より $c < d+c$ だから、【補題1】1) より
\begin{equation*}
a+c < a+d+c = b+c
\end{equation*}
となって$\to$が成立する。逆向きは【補題1】1) の後半と同様。
3) 【補題1】2) と同様。□

 これらの補題を用いて、【公理】から削除された交換則を証明します。見やすさのため証明中では補題はなるべく引用しないことにします。

【定理】【公理】 の 1), 2) および 4)〜7) から
 3) $a+b=b+a$
が導かれる。

(証明)3) が成り立たない、すなわちある $a,b$ に対して $a+b \neq b+a$ であると仮定する。$a+b < b+a$ として一般性を失わない。このとき【公理】6) より
\begin{equation} \tag{1}
a+b+c=b+a
\end{equation}
となる $c$ が存在する。そこで、任意の $n \in \mathbb{N}_+$ に対し
\begin{equation} \tag{2}
\forall a,b,c \, (a+b+c=b+a \to nc < a)
\end{equation}
が成り立つことを示す。これが示されたら$(1)$をみたす $a,b,c$ と任意の $n \in \mathbb{N}_+$ に対して $nc < a$ となるから、【公理】7)(アルキメデス性)と矛盾するので証明が完了する。
 $n$に関する数学的帰納法を用いる。
(I) $n=1$ のとき。任意に$(1)$をみたす $a,b,c$ をとる。
\begin{equation*}
a+b+c = b+a < a+b+a
\end{equation*}
より $c < a$ となるから、$n=1$ のときは$(2)$が成立する。
(II) $n=k$ に対して$(2)$が成立すると仮定する。任意に$(1)$をみたす $a,b,c$ をとる。このとき $a \neq b$ は明らか。$a < b$ の場合を考える。アルキメデス性より
\begin{equation*}
pa \le b < (p+1)a
\end{equation*}
をみたす $p\in \mathbb{N}_+$ がとれる。$pa=b$ と仮定すると、$(1)$に代入して $a+pa+c=pa+a$ より $(p+1)a+c=(p+1)a$ が導かれるから、【公理】5) と矛盾し、従って $pa < b$ である。すると【公理】6) より、
\begin{equation*}
pa+b' = b \ \land \ b' < a
\end{equation*}
をみたす $b'$ がとれる。$(1)$に代入して $(p+1)a+b'+c=pa+b'+a$ より、
\begin{equation} \tag{3}
a+b'+c=b'+a \ \land \ b' < a
\end{equation}
が成り立つ。$b < a$ の場合は $b'=b$ とすると$(3)$が成り立つから、いずれの場合も$(3)$をみたす $b'$ が存在する。
 この $b'$ に対し、アルキメデス性によって同様に
\begin{equation*}
qb' \le a < (q+1)b'
\end{equation*}
をみたす $q \in \mathbb{N}_+$ がとれる。$qb'=a$ と仮定すると、$(3)$に代入して同様に $(q+1)b'+c=(q+1)b'$ が導かれるから、【公理】5) と矛盾し、従って $qb' < a$ である。すると【公理】6) より、
\begin{equation*}
qb'+a' = a \ \land \ a' < b'
\end{equation*}
をみたす $a'$ がとれる。$(3)$に代入して $qb'+a'+b'+c=(q+1)b'+a'$ より、
\begin{equation} \tag{4}
a'+b'+c=b'+a' \ \land \ a' < b'
\end{equation}
が成り立つ。
 さて、この$(4)$と帰納法の仮定より $kc < a'$ であるから、
\begin{equation*}
a=qb'+a' > qa'+a' \ge 2a' > 2kc \ge (k+1)c
\end{equation*}
が成り立つ。従って $n=k+1$ のときにも$(2)$が成立する。
 (I)(II)より、数学的帰納法によって任意の $n \in \mathbb{N}_+$ に対し$(2)$が示され、証明は完了した。□

 証明の随所でアルキメデス性が強力に効いていることがわかります。アルキメデス性がなければ交換則の成り立たない(他の性質は成りたつ)空間を作ることが可能です。

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