デデキント流実数体の構成を省略せずにやってみた [数学]
以前の記事に引き続き、性懲りも無く実数体の構成法にこだわった記事を書きます。
有理数体$\mathbb{Q}$から実数体$\mathbb{R}$を構成する方法には、大きく分けるとデデキント流の切断を用いた「全順序集合の完備化」を原理とする方法と、カントル流のコーシー列を用いた「距離空間の完備化」を原理とする方法があり、それぞれの方法が各書籍で紹介されています。
このうちデデキント流の構成法については、最初から最後まで切断でやり抜いた日本語の書籍になかなかお目にかかれません(途中の証明を省略したり、乗法演算の段階から数列の収束に切り替えたりするケースが見られます)。その理由の一つが「デデキント流だと乗法演算の各法則の証明において正負の場合分けが煩雑になる」ことらしいのです。
これは本当にそうなのか、実際にデデキント流の実数体の構成を細部まで省略せずに書き出してみました。その結果をレポート風にまとめたのがこちらのPDFです。
デデキント流実数体の構成を省略せずにやってみた
やってみた結果を一言でいうと、一部忍耐の必要な式変形作業はあるものの、そう大したことはありませんでした。
具体的な方法はPDFを見てほしいのですが、ひととおりの流れを書きます。
(1) $\mathbb{R}$の構成
$\mathbb{Q}$の部分集合のうち、空でなくかつ上に有界なものの全体を$\mathfrak{R}$とする。$\mathfrak{a} \in \mathfrak{R}$ に対し、$\mathbb{Q}$における$\mathfrak{a}$の上界の全体を $U(\mathfrak{a})$ とかくこととし、$\mathfrak{a}, \mathfrak{b} \in \mathfrak{R}$ に対して
\[ \mathfrak{a} \sim \mathfrak{b} \quad \Leftrightarrow \quad U(\mathfrak{a}) = U(\mathfrak{b}) \]
によって$\mathfrak{R}$上の関係 $\sim$ を定める。これは同値関係だから、$\mathfrak{R}$の $\sim$ による商集合を$\mathbb{R}$とかき、その要素を実数とよぶ。
(2) 順序の定義
$[ \mathfrak{a} ], [ \mathfrak{b} ] \in \mathbb{R}$ に対して、
\[ [ \mathfrak{a} ] \le [ \mathfrak{b} ] \quad \Leftrightarrow \quad U(\mathfrak{a}) \supseteq U(\mathfrak{b}) \]
によって$\mathbb{R}$上の関係 $\le$ を定める。この $\le$ が$\mathbb{R}$の全順序関係になることを証明する。
(3) 完備性の証明
$\mathbb{R}$の完備性、すなわち空でなく上に有界な$\mathbb{R}$の部分集合が常に上限をもつことを証明する。
(4) 加法演算の定義
$\mathfrak{a}, \mathfrak{b} \in \mathfrak{R}$ に対して、
\[ \mathfrak{a} \oplus \mathfrak{b} = \{ \, x+y \, \mid \, x \in \mathfrak{a} \land y \in \mathfrak{b} \, \} \]
と定める。$\mathfrak{a} \oplus \mathfrak{b} \in \mathfrak{R}$ であることが示されるから、
\[ [ \mathfrak{a} ] + [ \mathfrak{b} ] = [ \mathfrak{a} \oplus \mathfrak{b} ] \]
によって$\mathbb{R}$上の加法演算 $+$ を定める。これによって$\mathbb{R}$が $[ \{ 0 \} ]$ を単位元とする可換順序群をなすことを証明する。
(5) 乗法演算の定義(正の範囲)
$\mathbb{R}$の正の範囲$\mathbb{R}^+$における乗法演算 $\cdot$ を、加法演算と同様の方法で定める。ただし$\mathbb{Q}$も正の範囲$\mathbb{Q}^+$だけで考え、加法演算は乗法演算に置きかえる。これによって$\mathbb{R}^+$が $[ \{ 1 \} ]$ を単位元とする可換順序群をなすことを証明する。また加法と乗法の分配則も成り立つ。
(6) 乗法演算の定義(全範囲)
$\mathbb{R}^+$において定めた乗法演算を$\mathbb{R}$全体に広げ、$\mathbb{R}$が順序体をなすことを証明する。
面倒だったのは(6)の作業です。乗法演算を切断や上界によって定義しようとすると、一方が負の場合に順序関係が逆転するので、乗法演算を一気に定義するのは難しい。そこで先に正の範囲だけで乗法演算を定義し、それを負の範囲まで広げるという方法を取りましたが、この「負の範囲まで広げる」段階で交換則、結合則、分配則の証明を省略せずに書き出すのが結構しんどいのです。
考えてみたら「負の数の掛け算」は小学校から当たり前のように使っていますが、各法則がどうして成り立つのかについてはまともな証明を目にすることはなかったと思います。
実数論以前のことではありますが、思わぬ難しさ(というか面倒臭さ)に出会って、また数学への認識を新たにしたところです(という大げさな話でもないですが)。
有理数体$\mathbb{Q}$から実数体$\mathbb{R}$を構成する方法には、大きく分けるとデデキント流の切断を用いた「全順序集合の完備化」を原理とする方法と、カントル流のコーシー列を用いた「距離空間の完備化」を原理とする方法があり、それぞれの方法が各書籍で紹介されています。
このうちデデキント流の構成法については、最初から最後まで切断でやり抜いた日本語の書籍になかなかお目にかかれません(途中の証明を省略したり、乗法演算の段階から数列の収束に切り替えたりするケースが見られます)。その理由の一つが「デデキント流だと乗法演算の各法則の証明において正負の場合分けが煩雑になる」ことらしいのです。
これは本当にそうなのか、実際にデデキント流の実数体の構成を細部まで省略せずに書き出してみました。その結果をレポート風にまとめたのがこちらのPDFです。
デデキント流実数体の構成を省略せずにやってみた
やってみた結果を一言でいうと、一部忍耐の必要な式変形作業はあるものの、そう大したことはありませんでした。
具体的な方法はPDFを見てほしいのですが、ひととおりの流れを書きます。
(1) $\mathbb{R}$の構成
$\mathbb{Q}$の部分集合のうち、空でなくかつ上に有界なものの全体を$\mathfrak{R}$とする。$\mathfrak{a} \in \mathfrak{R}$ に対し、$\mathbb{Q}$における$\mathfrak{a}$の上界の全体を $U(\mathfrak{a})$ とかくこととし、$\mathfrak{a}, \mathfrak{b} \in \mathfrak{R}$ に対して
\[ \mathfrak{a} \sim \mathfrak{b} \quad \Leftrightarrow \quad U(\mathfrak{a}) = U(\mathfrak{b}) \]
によって$\mathfrak{R}$上の関係 $\sim$ を定める。これは同値関係だから、$\mathfrak{R}$の $\sim$ による商集合を$\mathbb{R}$とかき、その要素を実数とよぶ。
(2) 順序の定義
$[ \mathfrak{a} ], [ \mathfrak{b} ] \in \mathbb{R}$ に対して、
\[ [ \mathfrak{a} ] \le [ \mathfrak{b} ] \quad \Leftrightarrow \quad U(\mathfrak{a}) \supseteq U(\mathfrak{b}) \]
によって$\mathbb{R}$上の関係 $\le$ を定める。この $\le$ が$\mathbb{R}$の全順序関係になることを証明する。
(3) 完備性の証明
$\mathbb{R}$の完備性、すなわち空でなく上に有界な$\mathbb{R}$の部分集合が常に上限をもつことを証明する。
(4) 加法演算の定義
$\mathfrak{a}, \mathfrak{b} \in \mathfrak{R}$ に対して、
\[ \mathfrak{a} \oplus \mathfrak{b} = \{ \, x+y \, \mid \, x \in \mathfrak{a} \land y \in \mathfrak{b} \, \} \]
と定める。$\mathfrak{a} \oplus \mathfrak{b} \in \mathfrak{R}$ であることが示されるから、
\[ [ \mathfrak{a} ] + [ \mathfrak{b} ] = [ \mathfrak{a} \oplus \mathfrak{b} ] \]
によって$\mathbb{R}$上の加法演算 $+$ を定める。これによって$\mathbb{R}$が $[ \{ 0 \} ]$ を単位元とする可換順序群をなすことを証明する。
(5) 乗法演算の定義(正の範囲)
$\mathbb{R}$の正の範囲$\mathbb{R}^+$における乗法演算 $\cdot$ を、加法演算と同様の方法で定める。ただし$\mathbb{Q}$も正の範囲$\mathbb{Q}^+$だけで考え、加法演算は乗法演算に置きかえる。これによって$\mathbb{R}^+$が $[ \{ 1 \} ]$ を単位元とする可換順序群をなすことを証明する。また加法と乗法の分配則も成り立つ。
(6) 乗法演算の定義(全範囲)
$\mathbb{R}^+$において定めた乗法演算を$\mathbb{R}$全体に広げ、$\mathbb{R}$が順序体をなすことを証明する。
面倒だったのは(6)の作業です。乗法演算を切断や上界によって定義しようとすると、一方が負の場合に順序関係が逆転するので、乗法演算を一気に定義するのは難しい。そこで先に正の範囲だけで乗法演算を定義し、それを負の範囲まで広げるという方法を取りましたが、この「負の範囲まで広げる」段階で交換則、結合則、分配則の証明を省略せずに書き出すのが結構しんどいのです。
考えてみたら「負の数の掛け算」は小学校から当たり前のように使っていますが、各法則がどうして成り立つのかについてはまともな証明を目にすることはなかったと思います。
実数論以前のことではありますが、思わぬ難しさ(というか面倒臭さ)に出会って、また数学への認識を新たにしたところです(という大げさな話でもないですが)。
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