自然数の乗法演算とべき乗演算のアナロジー [数学]
数学の最も基本的な対象物、自然数。
自然数の体系を基礎から構築するひとつの方法として、ペアノの公理をみたす対象として自然数を定義し、そこから順に加法演算、乗法演算、べき乗演算をそれぞれ帰納的に定義していくやり方があります。
直感的にいうと、加法演算の繰り返しとして乗法演算を定義し、乗法演算の繰り返しとしてべき乗演算を定義することになるのですが、これらの定義法には明確なアナロジーがあり、にも関わらずそれぞれの演算で成り立つ法則に大きな違いがある、という一見不思議な現象が見られます。面白いと思ったので紹介します。
まず、自然数の全体を $\mathbb{N}$ とかき、ここでは自然数は $0$ を含まず $1$ から始まるものとします。$\mathbb{N}$ 上には「後者関数」と呼ばれる1変数関数 $S$ が定義されており、体系 $\langle \mathbb{N}, 1, S \rangle$ はペアノの公理をみたします。ペアノの公理については周知のことなのでここでは省略します。
そして自然数の加法演算 $+$ は、次によって帰納的に定義されます。
この定義を元にして、加法の交換法則と結合法則が数学的帰納法を用いて証明できます。ここでの本題ではないので証明は省略します。
さて、続いて自然数の乗法演算 $\cdot$ とべき乗演算 ^ を続けて定義します。
(演算記号は ^$ \ \cdot \ +$ の順で結合が強いものとします。)
これら2つの定義を見比べて、何か気づきませんか?そう、
「演算記号が違うだけで全く同じじゃないか」
と思いますよね。実際、乗法演算の定義における $+$ と $\cdot$ をそれぞれ $\cdot$ と ^ に置き換えると、べき乗演算の定義そのものになります。
さらに、この定義を元にすると、乗法の交換法則と結合法則が数学的帰納法を用いて証明できます(交換法則についてはあとで証明を記載します)。とすると、それぞれの定義の元になる演算(加法演算、乗法演算)の性質についても、どちらも交換法則と結合法則が成り立つということで違いがないことになります。
ならば、
「べき乗についても交換法則と結合法則が成り立つはずだ」
となりますよね。だって、記号が違うだけで定義は何ら変わりないのですから。
しかし、
べき乗については交換法則も結合法則も成り立たない
のはご存知の通りです。実際、
\[ 2\mbox{^}3 = 8 \neq 9 = 3\mbox{^}2 \]
\[ (2\mbox{^}3)\mbox{^}2 = 64 \neq 512 = 2\mbox{^}(3\mbox{^}2) \]
となって、どちらの法則も成り立っていません。
不思議ですね。一体どうしてでしょう。
この謎を解くために、乗法演算で成り立つ法則の証明を書き出してみて、それに対してべき乗演算で同じ証明ができるかどうかを対比してみましょう。ここでは交換法則についてみてみます。
[乗法演算の交換法則の証明]
3段階に分けて証明する。
(1) $1 \cdot b = b$ を$b$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $b=1$ のとき、定義により成立。
ii) $1 \cdot b = b$ が成立すると仮定すると、
\[ 1 \cdot S(b) = 1 \cdot b + 1 = b + 1 = S(b) \]
よって数学的帰納法により任意の $b \in \mathbb{N}$ に対して成立。
(2) $S(a) \cdot b = a \cdot b + b$ を$b$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $b=1$ のとき、任意の $a \in \mathbb{N}$ に対して
\[ S(a) \cdot 1 = S(a) = a+1 = a \cdot 1 + 1 \]
ii) 任意の $a \in \mathbb{N}$ に対して $S(a) \cdot b = a \cdot b + b$ が成立すると仮定すると、
\[ S(a) \cdot S(b) = S(a) \cdot b + S(a) = (a \cdot b + b) + (a + 1) = (a \cdot b + a) + (b + 1) = a \cdot S(b) + S(b) \]
よって数学的帰納法により任意の $a,b \in \mathbb{N}$ に対して成立。
(3) $a \cdot b = b \cdot a$ を$a$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $a=1$ のとき、任意の $b \in \mathbb{N}$ に対して、(1)より
\[ 1 \cdot b = b = b \cdot 1 \]
ii) 任意の $b \in \mathbb{N}$ に対して $a \cdot b = b \cdot a$ が成立すると仮定すると、(2)より
\[ S(a) \cdot b = a \cdot b + b = b \cdot a + b = b \cdot S(a) \]
よって数学的帰納法により任意の $a,b \in \mathbb{N}$ に対して成立。(証明終)
交換法則の証明は意外と面倒でした。
では、同じやり方で、べき乗の交換法則が証明できるかどうか、やってみましょう。
[べき乗演算の交換法則の証明](トライ!)
3段階に分けて証明する。
(1) $1 \mbox{^} b = b$ を$b$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $b=1$ のとき、定義により成立。
ii) $1 \mbox{^} b = b$ が成立すると仮定すると、
\[ 1 \mbox{^} S(b) = 1 \mbox{^} b \cdot 1 = b \cdot 1 = b \neq S(b) \]
・・・・・・
というわけでさっそくここで破綻してしまいました。
乗法演算の定義とべき乗演算の定義は見かけ上同じ形をしているように見えましたが、後者関数$S$が$S(b) = b + 1$ であって $S(b) = b \cdot 1$ ではないところに、落とし穴があったのですね。
結合法則についても同様に、乗法演算と同じようにしてもべき乗演算での結合法則の証明はできません。
ただし、乗法演算とべき乗演算とは、演算法則に次の形でのアナロジーはあります。
これらはそれぞれ、証明も対応して同じ形になっていますので、確かめてみてください。
自然数の体系を基礎から構築するひとつの方法として、ペアノの公理をみたす対象として自然数を定義し、そこから順に加法演算、乗法演算、べき乗演算をそれぞれ帰納的に定義していくやり方があります。
直感的にいうと、加法演算の繰り返しとして乗法演算を定義し、乗法演算の繰り返しとしてべき乗演算を定義することになるのですが、これらの定義法には明確なアナロジーがあり、にも関わらずそれぞれの演算で成り立つ法則に大きな違いがある、という一見不思議な現象が見られます。面白いと思ったので紹介します。
まず、自然数の全体を $\mathbb{N}$ とかき、ここでは自然数は $0$ を含まず $1$ から始まるものとします。$\mathbb{N}$ 上には「後者関数」と呼ばれる1変数関数 $S$ が定義されており、体系 $\langle \mathbb{N}, 1, S \rangle$ はペアノの公理をみたします。ペアノの公理については周知のことなのでここでは省略します。
そして自然数の加法演算 $+$ は、次によって帰納的に定義されます。
[加法演算の定義]
1) $a \in \mathbb{N}$ に対して \[ a + 1 = S(a) \] 2) $a,b \in \mathbb{N}$ に対して $a + b$ が定義されているならば \[ a + S(b) = S(a+b) \]
1) $a \in \mathbb{N}$ に対して \[ a + 1 = S(a) \] 2) $a,b \in \mathbb{N}$ に対して $a + b$ が定義されているならば \[ a + S(b) = S(a+b) \]
この定義を元にして、加法の交換法則と結合法則が数学的帰納法を用いて証明できます。ここでの本題ではないので証明は省略します。
さて、続いて自然数の乗法演算 $\cdot$ とべき乗演算 ^ を続けて定義します。
(演算記号は ^$ \ \cdot \ +$ の順で結合が強いものとします。)
[乗法演算の定義]
1) $a \in \mathbb{N}$ に対して \[ a \cdot 1 = a \] 2) $a,b \in \mathbb{N}$ に対して $a \cdot b$ が定義されているならば \[ a \cdot S(b) = a \cdot b + a \]
1) $a \in \mathbb{N}$ に対して \[ a \cdot 1 = a \] 2) $a,b \in \mathbb{N}$ に対して $a \cdot b$ が定義されているならば \[ a \cdot S(b) = a \cdot b + a \]
[べき乗演算の定義]
1) $a \in \mathbb{N}$ に対して \[ a\mbox{^}1 = a \] 2) $a,b \in \mathbb{N}$ に対して $a\mbox{^}b$ が定義されているならば \[ a\mbox{^}S(b) = a\mbox{^}b \cdot a \]
1) $a \in \mathbb{N}$ に対して \[ a\mbox{^}1 = a \] 2) $a,b \in \mathbb{N}$ に対して $a\mbox{^}b$ が定義されているならば \[ a\mbox{^}S(b) = a\mbox{^}b \cdot a \]
これら2つの定義を見比べて、何か気づきませんか?そう、
「演算記号が違うだけで全く同じじゃないか」
と思いますよね。実際、乗法演算の定義における $+$ と $\cdot$ をそれぞれ $\cdot$ と ^ に置き換えると、べき乗演算の定義そのものになります。
さらに、この定義を元にすると、乗法の交換法則と結合法則が数学的帰納法を用いて証明できます(交換法則についてはあとで証明を記載します)。とすると、それぞれの定義の元になる演算(加法演算、乗法演算)の性質についても、どちらも交換法則と結合法則が成り立つということで違いがないことになります。
ならば、
「べき乗についても交換法則と結合法則が成り立つはずだ」
となりますよね。だって、記号が違うだけで定義は何ら変わりないのですから。
しかし、
べき乗については交換法則も結合法則も成り立たない
のはご存知の通りです。実際、
\[ 2\mbox{^}3 = 8 \neq 9 = 3\mbox{^}2 \]
\[ (2\mbox{^}3)\mbox{^}2 = 64 \neq 512 = 2\mbox{^}(3\mbox{^}2) \]
となって、どちらの法則も成り立っていません。
不思議ですね。一体どうしてでしょう。
この謎を解くために、乗法演算で成り立つ法則の証明を書き出してみて、それに対してべき乗演算で同じ証明ができるかどうかを対比してみましょう。ここでは交換法則についてみてみます。
[乗法演算の交換法則の証明]
3段階に分けて証明する。
(1) $1 \cdot b = b$ を$b$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $b=1$ のとき、定義により成立。
ii) $1 \cdot b = b$ が成立すると仮定すると、
\[ 1 \cdot S(b) = 1 \cdot b + 1 = b + 1 = S(b) \]
よって数学的帰納法により任意の $b \in \mathbb{N}$ に対して成立。
(2) $S(a) \cdot b = a \cdot b + b$ を$b$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $b=1$ のとき、任意の $a \in \mathbb{N}$ に対して
\[ S(a) \cdot 1 = S(a) = a+1 = a \cdot 1 + 1 \]
ii) 任意の $a \in \mathbb{N}$ に対して $S(a) \cdot b = a \cdot b + b$ が成立すると仮定すると、
\[ S(a) \cdot S(b) = S(a) \cdot b + S(a) = (a \cdot b + b) + (a + 1) = (a \cdot b + a) + (b + 1) = a \cdot S(b) + S(b) \]
よって数学的帰納法により任意の $a,b \in \mathbb{N}$ に対して成立。
(3) $a \cdot b = b \cdot a$ を$a$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $a=1$ のとき、任意の $b \in \mathbb{N}$ に対して、(1)より
\[ 1 \cdot b = b = b \cdot 1 \]
ii) 任意の $b \in \mathbb{N}$ に対して $a \cdot b = b \cdot a$ が成立すると仮定すると、(2)より
\[ S(a) \cdot b = a \cdot b + b = b \cdot a + b = b \cdot S(a) \]
よって数学的帰納法により任意の $a,b \in \mathbb{N}$ に対して成立。(証明終)
交換法則の証明は意外と面倒でした。
では、同じやり方で、べき乗の交換法則が証明できるかどうか、やってみましょう。
[べき乗演算の交換法則の証明](トライ!)
3段階に分けて証明する。
(1) $1 \mbox{^} b = b$ を$b$に関する数学的帰納法で証明する。
i) $b=1$ のとき、定義により成立。
ii) $1 \mbox{^} b = b$ が成立すると仮定すると、
\[ 1 \mbox{^} S(b) = 1 \mbox{^} b \cdot 1 = b \cdot 1 = b \neq S(b) \]
・・・・・・
というわけでさっそくここで破綻してしまいました。
乗法演算の定義とべき乗演算の定義は見かけ上同じ形をしているように見えましたが、後者関数$S$が$S(b) = b + 1$ であって $S(b) = b \cdot 1$ ではないところに、落とし穴があったのですね。
結合法則についても同様に、乗法演算と同じようにしてもべき乗演算での結合法則の証明はできません。
ただし、乗法演算とべき乗演算とは、演算法則に次の形でのアナロジーはあります。
乗法演算の法則 | べき乗演算の法則 |
---|---|
$\quad a \cdot ( b + c ) = a \cdot b + a \cdot c \quad$ | $\quad a \mbox{^} ( b + c ) = a \mbox{^} b \cdot a \mbox{^} c \quad$ |
$\quad (a + b) \cdot c = a \cdot c + b \cdot c \quad$ | $\quad (a \cdot b) \mbox{^} c = a \mbox{^} c \cdot b \mbox{^} c \quad$ |
$\quad (a \cdot b) \cdot c = a \cdot (b \cdot c) \quad$ | $\quad (a \mbox{^} b) \mbox{^} c = a \mbox{^} (b \cdot c) \quad$ |
これらはそれぞれ、証明も対応して同じ形になっていますので、確かめてみてください。
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