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ミクシンスキーの演算子法で「むだ時間要素」を定義(勉強ノート) [数学]

 以前この記事で、ミクシンスキーの演算子法と、それを使って制御理論で使われる伝達関数法の展開ができることを(自分なりの理解として)紹介しました。

 しかし、その記事の中で登場する実際の伝達関数としては、微分演算子$s$の有理式の形で表されるものしかありませんでした。普通は伝達関数はラプラス変換によって定義され、もっと多種多様な$s$の関数が登場しますが、先の記事にはとにもかくにもこれがないと始まらないというべき重要なものが抜けています。

 そう、「むだ時間要素」です。

 むだ時間要素とは、$L$を正実数とすると、入力 $u(t)$ に対して出力 $y(t) = u(t-L)$ を返すようなシステムの要素のことです。つまり時間$L$だけ出力が遅れて現れるということです。この要素の伝達関数はラプラス変換ならば、
\begin{equation*}
\int_0^\infty y(t)e^{-st}dt = \int_0^\infty u(t-L)e^{-st}dt = \int_{-L}^\infty u(\xi)e^{-s(\xi+L)}d\xi = e^{-sL} \int_0^\infty u(\xi)e^{-s\xi}d\xi
\end{equation*}
より、$e^{-sL}$ であることがすぐにわかります( $t < 0$ では $u(t) =0$ と考えます)。しかし、ミクシンスキーの演算子法で定義した空間 $\mathcal{M}$ においては、$s$は微分演算子であり、$s$の指数関数なるものの意味が明らかではないので、改めて定義する必要があります。

 そこで、$\mathcal{M}$ における $e^{-sL}$ を既知の関数を使って定義することを考えます。

 $\mathcal{M}$ においては、例えば
\[ \frac{1}{s-a} = \{ e^{at} \} \]
のように、関数 $f(t)$ の$\mathcal{M}$ における表現が$f$のラプラス変換と同じ形をしていました。そこで、ディラックのデルタ関数$\delta$を使った次の関係に注目します。
\[ \int_0^\infty \delta(t-L)e^{-st}dt = e^{-sL} \]
これは $\delta(t-L)$ のラプラス変換が $e^{-sL}$ ということなので、
\[ e^{-sL} = \{ \delta(t-L) \} \]
と定義すれば良いように思えます。こう定義すると、任意の $[0, \infty)$ における連続関数 $f(t) \in \mathcal{C}$(ただし $t < 0$ のときは $f(t)=0$ とします)に対して、デルタ関数のよく知られた性質を使うことによって、
\begin{equation*}
\int_0^t \delta((t-\xi)-L)f(\xi)d\xi = f(t-L) \tag{1}
\end{equation*}
が導かれますので、これを$\mathcal{M}$に持ち込むと
\begin{equation*}
\{ \delta(t-L) \} \ast \{ f(t) \} = \{ f(t-L) \}
\end{equation*}
となりますから、$e^{-sL} = \{ \delta(t-L) \}$ がむだ時間要素の伝達関数の意味になっています。

 しかしこの定義はやはりマズイですね。$\mathcal{C}$ はそもそも $[0,\infty)$ において連続な複素数値関数の集合だったのに、関数でもないデルタ関数をあたかも $\mathcal{C}$ の要素のように使って $\mathcal{M}$ の要素を定義するのはルール違反です。

 そこで、$(1)$において左辺をデルタ関数$\delta$の代わりに、ステップ関数$\ell$に置き換えてみましょう。ここで$\ell$は、
\begin{equation*}
\ell(t) =
\left\{
\begin{array}{ll}
1 & (t \ge 0) \\
0 & (t < 0)
\end{array}
\right.
\end{equation*}
によって定まる関数です。これを使うと、
\begin{equation*}
\int_0^t \ell((t-\xi)-L)f(\xi)d\xi =
\left\{
\begin{array}{ll}
\displaystyle \int_0^{t-L} f(\xi)d\xi & (t \ge L) \\
0 & (0 \le t < L)
\end{array}
\right.
\tag{2}
\end{equation*}
この両辺の微分をとると、
\begin{equation*}
\frac{d}{dt} \left( \int_0^t \ell((t-\xi)-L)f(\xi)d\xi \right) =
\left\{
\begin{array}{ll}
f(t-L) & (t > L) \\
0 & (0 \le t < L)
\end{array}
\right\}
= f(t-L) \quad (t \neq L)
\end{equation*}
となります。これを$\mathcal{M}$に持ち込むと、$(2)$の右辺の関数は初期値が$0$なので左辺は微分演算子$s$を掛ければよく、また不連続点 $t=L$ を無視すると、
\begin{equation*}
s \ast \{ \ell(t-L) \} \ast \{ f(t) \} = \{ f(t-L) \}
\end{equation*}
が得られます。従って $s \ast \{ \ell(t-L) \}$ がむだ時間要素に相当することになるので、これを $e^{-sL}$ と定義すれば良いように思えます。

 しかしこれでもまだ良くありません。なぜなら、$\mathcal{C}$の要素 は $[0,\infty)$ において連続という条件があるのに、$\ell(t-L)$ は $t=L$ において不連続になっているからです。

 そこでステップ関数$\ell$の代わりに、ランプ関数$R$を使います。ここで$R$は、
\begin{equation*}
R(t) =
\left\{
\begin{array}{ll}
t & (t \ge 0) \\
0 & (t < 0)
\end{array}
\right.
\end{equation*}
によって定まる関数で、全実数域で連続になります。従って $\{ R(t-L) \} \in \mathcal{C}$ となるので、$\mathcal{M}$ 上の演算子の定義として堂々と使用することができます。

 $(1)$において左辺を$\delta$の代わりに$R$に置き換えてみましょう。$t \ge L$ のときは、
\begin{equation*}
\int_0^t R((t-\xi)-L)f(\xi)d\xi = \int_0^{t-L} (t-L-\xi)f(\xi)d\xi
\end{equation*}
ここで $\displaystyle F(t) = \int_0^tf(\xi)d\xi$ とおくと、部分積分を用いて、
\begin{equation*}
\int_0^{t-L} (t-L-\xi)f(\xi)d\xi = \int_0^{t-L} F(\xi)d\xi
\end{equation*}
従って $t < L$ のときも合わせて、
\begin{equation*}
\int_0^t R((t-\xi)-L)f(\xi)d\xi =
\left\{
\begin{array}{ll}
\displaystyle \int_0^{t-L} F(\xi)d\xi & (t \ge L) \\
0 & (0 \le t < L)
\end{array}
\right.
\end{equation*}
となり、これは $[0,\infty)$ で連続です。
 この両辺を微分すると、
\begin{equation*}
\frac{d}{dt} \left( \int_0^t R((t-\xi)-L)f(\xi)d\xi \right) =
\left\{
\begin{array}{ll}
F(t-L) & (t \ge L) \\
0 & (0 \le t < L)
\end{array}
\right.
\end{equation*}
となって、これも $[0,\infty)$ で連続です。さらにもう1回微分すると、
\begin{equation*}
\frac{d^2}{dt^2} \left( \int_0^t R((t-\xi)-L)f(\xi)d\xi \right) =
\left\{
\begin{array}{ll}
f(t-L) & (t > L) \\
0 & (0 \le t < L)
\end{array}
\right\}
= f(t-L) \quad (t \neq L)
\end{equation*}
となりますので、これを$\mathcal{M}$に持ち込むと、
\begin{equation*}
s^2 \ast \{ R(t-L) \} \ast \{ f(t) \} = \{ f(t-L) \} \tag{3}
\end{equation*}
が得られます。従って $s^2 \ast \{ R(t-L) \}$ がむだ時間要素に相当することになるので、結局次のように定義すれば良いことになります。

ミクシンスキーの演算子法における「むだ時間要素」の定義
$L > 0$ に対し、$\mathcal{M}$において \[ e^{-sL} = s^2 \ast \{ R(t-L) \} \] と定義する。ただし$R$はランプ関数を表す。

これだとミクシンスキーの演算子法の世界で正当な定義です。この定義を使って$(3)$を書き換えると、
\[ e^{-sL} \ast \{ f(t) \} = \{ f(t-L) \} \tag{4} \]
となり、$e^{-sL}$ がむだ時間要素を表すことが明白です。

 ちなみに、上の定義で形式的に $L=0$ とすると、左辺は乗法単位元 $1 = \delta$ となり、右辺は
\[ s^2 \ast \{ R(t) \} = s \ast (s \ast R) = s \ast (R' + R(0)) = s \ast \ell = \delta \]
となるので、整合が取れています。

 もう一つ、これは$s$の指数関数の形で表現されていますので、$L,M > 0$ に対して指数法則
\[ e^{-sL} \ast e^{-sM} = e^{-s(L+M)} \]
が成立することを示す必要があります。このことは「むだ時間要素」の意味から明らかなようにも見えますが、きちんと証明するためには、$(4)$において $f(t) = R(t-M)$ とおくことにより、
\[ e^{-sL} \ast \{ R(t-M) \} = \{ R((t-L)-M) \} = \{ R(t-(L+M)) \} \]
となるので、
\begin{eqnarray*}
e^{-sL} \ast e^{-sM} &=& e^{-sL} \ast s^2 \ast \{ R(t-M) \}\\
&=& s^2 \ast e^{-sL} \ast \{ R(t-M) \} \\
&=& s^2 \ast \{ R(t-(L+M)) \} \\
&=& e^{-s(L+M)}
\end{eqnarray*}
とすれば導かれます。

[注意]式$(3)$や$(4)$の右辺の $\{ f(t-L) \}$ は、$t < L$ では $f(t-L)=0$ なので、$f(0) = 0$ ならば $f(t-L)$ が $[0,\infty)$ で連続になるので問題ないですが、そうでない場合は $\mathcal{M}$ の要素として未定義なので問題があります。そこで逆に $\mathcal{M}$ においては$(4)$の左辺で右辺を「定義」してしまう方法があります。これによって $f(0) \neq 0$ の場合も $\{ f(t-L) \}$ を $\mathcal{M}$ の要素とみなせます。もっとよい定義としては、$g(t)$ が一般に $[0,\infty)$ で区分的連続関数ならば、その不定積分 $\displaystyle G(t) = \int_0^t g(\xi)d\xi$ が $[0,\infty)$ で連続なので、$\mathcal{M}$上で $g = s \ast G$ と定義することができます。従って $\{ f(t-L) \}$ についても $f(t-L)$ が $[0,\infty)$ で区分的連続関数なので $\mathcal{M}$ の要素になります。


参考文献:吉田耕作、「演算子法―一つの超函数論」、東京大学出版会(1982)

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